かんなび原稿の書式について

 
     

祝かんなび300号 



佐坂 茂美                   


      かんなび 8月号”が発刊300号を迎える事になり会誌部より寄稿の要請を受けた。 安請け合いしたものの、さてどんな寄稿をすれば良いのか

     思案した結果、では1号にはどんな記事が、100号には? 200号には?と考え早速図書館にて該当する綴りを3冊借出した。記念すべき第1号は

     今の左綴じではなく、右綴じとなっていた。タイトル“かんなび”の文字も今の筆書の書体とは違っている。

     今の表紙の筆書でのタイトルは会員番号3番の中島さんの奥さまの書であると聞いた記憶がある。 会の名前は「山城山岳会」と記されており記念

     すべき1号は1981~1982.1(S56.6~S57.1)と期間が記載されており初版は数ヶ月の記録を纏めた会誌となっている。 

     第1号から300号。 正に会の歴史書である。読んでいる内に会の経緯を知る事になり読み耽ってしまい この機関紙の発行部署である「会誌部」

     の事を忘れそうになりました。手書きの山行報告書の編集、手書きのイラスト、新聞の切り抜き記事の編集等々。 それが、やがてワープロでの記録

     に変わり、そして現在のパソコン(ワード)を主体とした豊富な写真が挿入された機関紙となっており纏めて頂いた会誌部の皆さんの苦労が偲ばれました。

     これから何百号まで発刊されるか楽しみです。 会誌部の皆さん大変でしょうが、懐かしく又楽しく読ませて頂いています。

     これからも宜しくお願いします!!


 

寄稿 会誌300号に寄せて(かんなび編集考)



   1、編集者の使命

     会誌の使命とはなんであろうか? それは会員に会の運営方針や、山行案内や山行報告、行事、お知らせ等の情報を確実に伝達することのほか、
    会員の声(意見)を多く取り上げることだと思います。 会員同士の情報伝達と、会員の建設的な意見や、提案など、会誌を彩るバランスのとれた編集
    を心がけ、基本的に会員みんなの会誌である以上、広く門戸をあけ、自由闊達に投稿される環境つくりが必要と思い、投稿された文章については、
    すべて機会を逸しないよう掲載することが使命だと思っています。

   2、会の活性を担う

     会の活性化を望むなら、多くの会員の意見を吸い上げることが重要なことです。 意見交換のチャンスの場が少ない現状(総会・部会・例会以外)では、
    会員の皆さんの唯一の声は、投稿や寄稿により、会誌『かんなび』が担わなければならないと思うからでした。しかし、残念ながら、この理念は皆さんに
    浸透しなかったように思います。いろいろな分野で会誌に投稿される方が少なかったことです。せっかくの発表の場を見逃すことはありません。勇気を
    奮って投稿を!

   3、『かんなび』の編集

     山行報告や感想文などの投稿による記事は大いに推奨し、掲載しなければならないと肝に銘じて編集してきました。『かんなび』が他の山の会にも配布
    されていることから、やはり、ホームページと同様、京都田辺山友会の広告塔の役割を果たして貰うのが目的でした。 寄せられた原稿は少なくとも新鮮な
    うちに掲載されなければ意味がありません。 ホームページは『かんなび』が一つのニュース・ソースです。『かんなび』を充実させることによって、ホーム
    ページもより良いものになって行くのだと思います。

   4、かんなびは大きなメモリー帳です。

     私は常々、『かんなび』は皆さんの大きなメモリー帳であると提言してきました。好きな山に行って、美しい風景を見て、可愛い奇麗な高山植物や、自然と
    一体となった素晴らしい体験や、辛かったこと、楽しかったこと、学習したことなどを、自分の記憶だけにとめておくことは、老いと共に記憶が消えて行く中
    では至難の業です。何かに記録を書き留めて残しておくと、いつでも、誰にでも取り出して見ることが出来ます。(中央図書館に歴代の製本が置いています。)
    その大きな、確かな永遠のメモリー帳が山友会の会誌『かんなび』だと私は思っています。そしてその記録は他の山の仲間の山行企画の情報源にもなる
    ものと信じています。よって寄稿,投稿、報告、お知らせなどのすべてを40ページを超えてもできるだけ早く会員の皆さんに伝える努力をしてきました。
    『かんなび』というメモリーを大いに活用していただき、『かんなび』の内容の充実に会員の全員が寄与していただくよう願うものです。 長野県大町の岳人、
    百瀬慎太郎さんの歌に『山を想えば人恋し、人を想えば山恋し』という言葉があります。自分が山にむかう想いを、また、山の仲間を想う心を、自分が生きた
    証として人々に残す手段として、私は常に拙文であっても、感じた想いを書いてきました。山への愛情だと思って来たからでした。是非、皆さんも自分の
    メモリー帳と思ってどしどし利用してください。 山友会の創立から35年近くにわたり発行し続けてきた『かんなび』が第300号を迎えるに至りました。これを機に
    会誌『かんなび』が山の一つのバイブルとして会員みんなの、会員のための、会員の大きな学習帳として充実し発展することを願うものです。


                                             (会誌№152号から176号と,№223号~247号を会誌部長として編集を担当  佐々木英夫)


 

会誌部からのお願い



かんなびに掲載します原稿等につい下記とおりご協力願います。

● 原稿の作成について。

原稿はパソコンにて作成される場合、ソフトウエアは「ワード」にて作成願います。

(エクセルは変換する手間が掛かりますのでワードで作成願います)。

作成の際は下記様式でお願いします(パソコンにてワードを使うときに設定します)。

1) 文字数と行数

① 行数だけを指定してください。

② 行数は50です。

2) 余白 余白は、上22mm、下22mm、左22mm、右22mm 

全て22mmで設定して下さい。

3) 文字はMS明朝、文字の大きさは10.5ポインが基本です。

4) ワードのソフトウエアには旧バージョンと新バージョンの2タイプ有ります。ワード文章をパソコンにセーブするときには旧バージョンでセーブ願います。

  旧バージョンのワード文章形式は「Word97-2003文書(*.doc)」を指定します。 「ファイル名.doc」とセーブされればOKです。
  「ファイル名.docx」は新バージョンです、パソコンによりファイルを開けない事がありますので最近のパソコンをお使いの方は気をつけて下さい。

  上記のお願いはチット専門的になりますので無理にとは言いません。

● 山行報告書(感想文と写真も含めて) 従来どおり、山行報告書と感想文、写真をまとめてメールにて送信願います。

  感想文は「ワード」で作成願います、手書きの場合はFAXか郵送ですが、それをパソコンでワードに変換しますのでその分余計に手間が掛かります。

  会誌部からのお願いとして、手書きの場合は山行グループのメンバーが協力して手書きをワードに変換して頂ければ助かります。

  手書文でも受付は致します。

● 表紙の写真について。表紙を飾る手持写真がありませんので、会員の方で写真を提供してもいいと思われる方はメールでお送り願います。

  但し提供頂いた写真が必ず掲載されると約束はできませんがなるべく優先して採用します。

● 投稿文等の原稿募集 「かんなび」には山行に関するもの以外に、投稿文として、歴史の話や旅の話、趣味の話など総ページ数(4の倍数)を調整するために

  皆様からの投稿文を掲載しています、そこで会員の方々からの投稿をお待ちしています。なお、掲載時期はお約束できませんので予めご承知置き下さい。

● 締切日は厳守でお願いします。 締切日が過ぎる時は、予め原稿枚数(A4のページ数)を連絡して下さい。


     以上のとおりです、宜しくお願い致します。      会誌部長 坪田 宏



 
 H27
1月号
   
  H27
1月号
   
H24
 8月号

 
 
 4月号

 


会誌部からのお願い
               2012.3.29

 

★山行報告をされるCLの方は

山行報告書、感想文、写真を、1セットまとめて 会誌部(北村)までご送付下さい。

      ※特に、写真は13枚必ず付けて下さい。

    投稿等、他の掲載にも写真・イラストのご提供をお願い致します。

 

★かんなび『道しるべ』の執筆のお願い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


★“『かんなび』のPDFファイルによるメール配信について”のアンケートにご協力戴き

   有難うございました。アンケート結果は以下の通りです。

 ・メール配信希望 38名  ・冊子希望 58名 
     (内、メール・冊子の両方希望
10名)

冊子希望者で、「メール配信も希望」される方は、北村までご一報下さい。
                      すぐに送らせて戴きます。

 

 
 
4月号  PDF ( portable document format ) ファイルの見方 

1. Adobe Reader をインターネットからダウンロードしておく必要があります。無料です。 

2.    get.adobe.com/jp/reader/          

3. 送られてきたPDFファイルをクリックすると下記の画面が出ます。

4. しおりのタブをクリックすると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


5. 左画面に、見出しのメニュー(目次)が表示されます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


6. 見たい見出しをクリックすると、瞬時にそのページが表示されます。

7. また、ページをクリックすると、左画面に各ページ全体が羅列表示されます。

 
 4月号  *2012年4月号「かんなび」表紙
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


            20124月 № 248
 

 

 


                  

 

 

    京都田辺山友会

 

 

 

 


 

 

  既報の通り、私たちの会誌「かんなび」は1982年創刊号を発行して以来、関係者のたゆまぬ 尽力によって引き継がれ、ここにめでたく200号(2008年4月号)を迎えることが出来ました。
 今日に至るまでには、会員の寄稿はもとより、編集・印刷・製本・配布等、会誌部員の労苦の積み重ねがあってこそ達成できたことも一因だと思われます。
 以下編集を担当された皆さんの感想文を掲載させていただきます。

                         

ワープロの故障

                                                    白波瀬 勇
 私が会誌の担当になった頃は、集まってきた原稿をもとにページ作りをするに過ぎなかった。 当時は手書きが主流で、原稿によっては読み難いのもあったことは確かである。退職して初めて ワープロに接し、担当を機に依頼があれば入力させてもらったおかげで次第に慣れてきた。何事も必要に迫られないと出来ないものである。
 誌面にスペースがあればイラストを貼り付け、体協でコピーして汚れを修正液で塗る作業が必要だった。
毎月発行の会誌の印刷日は、機械のご機嫌が悪いと時間がかかる上、部員の人たちにとって机の上に並べた用紙を拾う作業は腰が痛くなり大変だった。
困った事の一つに愛用していたワープロが故障して、日本橋まで出かけて探したが既に生産をストップしていて在庫がないとの返事だった。やむなく知人に借りて急場をしのいだものの、慣れないので戸惑うことが多かった。やむなくパソコンに切り替えざるを得なかった思い出がある。
                                    (No56~116号 No140~151号を担当)




会誌部での思い

                                                     四宮誠次郎
 私が会誌部に所属したのは6年間ぐらいだったでしょうか。その内2年足らずは部長を勤めさせて頂きましたが、中途半端で白波瀬さんをはじめ部員の皆さんには大変ご迷惑をおかけいたしました。部員の皆さんの寄せ書きには励まされ、病と闘うことも出来ました。有難うございました。
 今、役員は選挙で決まりますが、H13年当時部長は部員の互選で決めていました。今回は200号、私が担当したときは117号~138号、京田辺山友会の絶え間ない歴史の躍動を感じます。これは会誌に対する思いや、積年の礎があって200号に繋がったのだと思います。
 体育協会との関係や、編集.印刷.製本.配布のなど一定の流れが出来ていましたし、部員の皆さんもベテランでしたので、私が部長でも発刊することが出来ました。とは言っても、月1回の印刷製本は大変なものでした。今もそうだと思いますが、5日間で原稿を組み立て、足らずのページを補充する原稿を考えるのですから、それは毎回悩ましいものでした。
 なんと言っても“かんなび”は読んでもらわないと意味がありません。どのページを開けても、読みを誘うにはどうすればいいか思いを巡らし、やっては見ましたが難しいものでした。また、山友会の機関紙ですので、計画.報告.感想文が会員の最大関心事である事は十二分に承知していましたが、各専門部の活動内容はまず会員が共通認識することも重大事ではないかと思い“道しるべ”の次に編集を変えましたが、残念ながら不評のようでした。
 編集会議を持つことは出来ませんでしたが、編集は何人かが知恵を出し合いながら組み立てる方がよりベストなのかなと侮いが残りました。しかし、私の前頭葉の活性化に一役買ってくれたのは事実でした。会誌部の皆さんは印刷.製本.配布に一生懸命でした。頭が下がりました。山友会の皆さんの活動と会誌部員の皆さんのエネルギーがある限り“かんなび”の灯は燃え続けると確信しています。“かんなび”200号おめでとうございます。
                                              (No17~139号を担当)



                 
会誌【かんなび】の編集の担当して

                                                    佐々木英夫
 2004年度~2005年度の2年間、会誌部を担当しました佐々木です。会誌を担当したときの苦労話をと言う原稿の依頼ですが、苦労は特にありませんでしたので、会誌(かんなび)の編集にたいする思いを記してみました。
 山友会の役員が選挙制度になって、会誌部を担当したとき、会誌の使命とはなんであろうか? といろいろ考えました。会員に会の運営方針や、山行案内、行事等の情報の伝達が主になってはいないか。また、会員の声が会誌に繁栄されていないのではないだろうか、など、その編集にはいつも反芻しながら行ってきました。
 会員への情報提供と、会員の建設的な意見や、提案など、会誌を彩るバランスのとれた編集を心がけ基本的には、会員みんなの会誌である以上、広く門戸をあけ、自由闊達に投稿される環境つくりが必要と思い、投稿された文章については、すべて機会を逸しないよう掲載することにしてきました。
 会の活性化を望むなら、集まりの少ない、意見交換のチャンスの少ない現状では、会員の皆さんの唯一の声は、会誌が担わなければならないと思うからでした。2005年6月から「かんなび」発行の印刷に金がかかることになりましたが、会員の声をいかに多く掲載できるかを編集のモットーにし、役員会に図り用紙の使用方法(A-3)や、ページの設定を(40p ・10枚)、費用の上限(2000円)を守ることで、会員の積極的な参加を啓蒙してきました。また、印刷後の製本をする場所を確保することに歴代の担当者は苦労してきたようです。会誌部費に金がかかるという理由から、寄稿・投稿も含めて議論する必要性ありますが、会員の投稿の意欲を規制をしてし まっては、何の会誌かという議論にもなります。会員の投稿による記事は大いに推奨、掲載しなければならないと肝に銘じて編集してきました。『かんなび』が他の山の会にも配布されていることから、やはり、ホームページと同様、京都田辺山友会の広告塔の役割を果たして貰うのが目的でした。
 ホームページは『かんなび』が一つのニュース・ソースです。『かんなび』を充実させることによって、ホームページもよりよいものになって行くのだと思います。私は常々、『かんなび』は皆さんの大きなメモリー帳であると提言してきました。好きな山に行って、美しい風景を見て、可愛い奇麗な高山植物や、自然と一体となった素晴らしい体験や、辛かったこと、楽しかったことなどを、自分の記憶だけにとめておくことは、老いと共に至難の業です。
 何らかの記録に残しておくと、いつでも、誰にでも取り出してみせることが出来ます。(中央図書館に歴代の製本が置いています。)その大きな、永遠のメモリー帳が山の会誌『かんなび』だと私は思っています。そしてその記録は他の山の仲間の山行企画の情報源にもなるものと信じていいます。
 長野県大町の岳人、百瀬慎太郎さんの歌に『山を想えば人恋し、人を想えば山恋し』というのがあります。自分が山にむかう想いを、また、山の仲間に想う心を、自分が生きた証として人々に残す手段として、私は常に拙文であっても、感じた想いを書いてきました。山への愛情だと思って来たからでした。是非、皆さんも自分のメモリー帳と思って利用してください。
 30年近くにわたり発行し続けてきた『かんなび』の諸先輩たちの業績の一助になったかどうかは判りませんが、会誌部員の皆さんと共に一生懸命努力してきたと思っています。部員の皆さんご苦労様でした。今後は『かんなび』のメモリーを大いに活用していただき、内容の充実とともに『かんなび』が一つの山の学習帳になるよう発展をさせて頂く様にお願いします。
                                               (No52~175号を担当)



                          
会誌作り
                                                     内匠美佐子
 ホームページ担当を3年してやっと自由の身になれたと思ったら、会誌部に当ってしまいました。パソコン画面上で全てを処理してきたので、アナログ的な印刷機の取扱や印刷の出来具合など慣れるまで時間がかかりました。会誌部員の内、前会の経験者数人残ってもらったのですが、実際に印刷をまかせられる人はいなかったので少々驚き、あわててマニュアルを作ったものでした。
 原稿締切から印刷日までの間に版下を作成し、入力原稿の校正をしてから1-4に組みます。 原稿がメール送信、ポスト投函、プリントアウトされたもの等いろんな形で来るので、版下作成 も統一できず結構面倒です。
 市役所の印刷室で印刷をするのですが、印刷の出来上がりを見て「何でこんな汚いの?」と嘆きました。特に表紙写真は上手くいきません。パソコンでのカラープリントは鮮明なのに、印刷機にかけると、モノクロということもあって綺麗にでません。何回も製版をやり直ししたことも ありました。その度にお金がかかり会計に請求しずらかったです。印刷後は山ルームで製本作業 をして、皆さん宅に配布するまでが会誌部の仕事です。
 月1回2年で計24回のかんなびを印刷・配布してきました。会誌部員もやっと慣れてきた頃に次期部員と交代です。私も200号でお別れできると思っていたのに、またまた2年間担当させられてしまい先を思うと沈みがちです。が何もしなければ山友会から離れて行くかもしれません。会誌を作成しているおかげというか、岩登りに興味が湧き仲間と出会えたこと、スキー仲間にもなれたこと、インターネットやパソコンワークが広がっていくなど楽しみもあります。
 またどんな出会いがあるかを楽しみに会誌作りに励みます。今まで担当されていない山友会員の方々に是非、四苦ハ苦しながらも自分達の会誌を作る楽しみを味わってもらいたいものです。
                                                (No.176号~を担当)



              
                
会誌「かんなび」発行200号記念登山・顛末記

                                                 ’08.3 橋本壽夫:記
 この記事が掲載される4月号が記念すべき200号となりました。
昨年の夏にこれを祝って、何らかの行事をやってはという提案を会誌部及び交流部に行ないました。その後それぞれの部会の中で検討してもらいましたが、特別な行事は必要ないとの回答でした。
それは寂しい事だと思い、事務局・片山さんと当方が担当し、わが街の甘南備山に記念登山を行い、会誌の名前に使わしてもらっているお礼も込め山頂神社に参拝をし、その登山方法を市内在住者は自宅から山頂まで歩いてもらい(市外の人は最寄りの駅から)その所要時間を計測して、これを記録し簡単なマップを作ろうという企画で、併せて芝生広場で「ぜんざいパーテイー」を倉光展子さん、橋本香代子にお願いをし例会として取り組む事にしました。

 さて当日は午前7時頃から雷を伴った激しい雨で、午前中は不安定な天気が続くとの事、急遽山行は中止とし、参加申し込みのあった人には手分けをして連絡を取り、山ルームにてぜんざいパーテイーをする事にしました。
11時過ぎより13時過ぎまで34名の参加を得て、みんなでささやかな「お祝い」を行なうことが出来ました。

               
               
会誌「かんなび」発行200号記念登山の中止と
山ルームでの懇親会の報告

 1979年の当会設立以来、4月号でめでたく会誌「かんなび」が200号を迎えるにあたり、3月1日、名付け親?の甘南備山への記念登山を計画したところ、47名もの参加申し込みを頂きました。
 ところが前夜からあいにくの雨。急遽、登山中止、山ルームでの懇親会に変更し、手分けして電話連絡しました。このような急な予定変更にもかかわらず、34名もの方が山ルームへ来ていただきました。橋本夫妻の手作りのお餅によるゼンザイと、有志差し入れのオイナリサンその他で、11時30分から13時まで和やかに懇談しました。開会の頃には天候も回復に向かい、甘南備山経由でサンルームまでいらっしゃった方が少なくなかったのには、さすが山友会メンバーだと感じ入りました。
 記念登山の中止は残念でしたが、会誌の方は中断なく続きますので、今後ともよろしくご愛読、ご協力のほどお願い致します。
 最後に、参加者名を列挙させていただき、お礼に代えさせていただきます。

参加者(敬称略、姓のみ):市橋、岡部、片山、河野、岸田、北川、倉光展、倉光正、志賀、白波瀬、徳田幸、徳田康、徳田カ、中廣、西上正、西上素、橋本香、橋本壽、畑、濱北、平松多、平松昇、平松さんのお母さん、藤富慶、丸谷、峯岡、宮野、守口真、守口實、
山口、山下、吉津、吉野、頼(34名) 

担当:橋本会長、片山事務局長、会誌部 倉光展(文責)    以上

///////////

                        山ルームでの懇親会風景  (写真提供は片山さん)


記念山行が雨で中止になり急遽山ルームでぜんざいパーティー
となりました
 

34名の参加者で山ルームは満杯状態


 歓談中
 

歓談中 

 こっそりと持ってきました
 

うまいぜんざいの仕掛け人




『山城30山』について

 第12代目日本山岳会会長の今西錦司著の山の随筆に『山城30山』というのがある。「⑨日本山岳名著全集の中では山岳省察」で記されている。著者が一中時代の山の仲間と一緒に選んだ、山城の山で①高さが400m以上で②三角点があり、③かつ地図上に山名が記入されてたものを選んだと言う。

 しかし、選定後に修正測図や、新たに山名が記入されたり、優秀な山が見直されたりして、修正を余儀なくされたと言う。近年関西の100名山や、200名山と山に関するガイドが紹介されているが、著者がこの文章を記したのが1933年であり、山城の30山を選んだのは、それより15年も前のことだから1918年頃の時代になる。

 今から90年も前に選んだ山城30山とは、どんな山名か非常に興味がある。山の名前が記載されていないし、山城と言ってもどの区域までを包括して選定したのかも分からない。
 山城の国といえば現在の京都市から南部の木津町を含む奈良県境までの地域であろうか。 現在の地図で山城30山を調べてみた。それが著者の30山に相当するか疑問だが列記してみると、次ぎのようになる。

△ 鷲峯山 682m △ 音羽山 593m △ 比叡山 848m △ 皆子山 972m
△ 天ケ岳 788m △ 桟敷ケ岳 896m △ ぽんぽん山 679m ▲ 釈迦ガ岳 767m
△ 峰床山 970m △ 大文字山 466m △ 愛宕山 891m △ 焼杉山 718m
△ 高谷山 813m △ 鎌倉山 951m △ 魚谷山 816m △ 岩屋山 649m
△ 十三石山 495m △ 半国高山 670m △ 物岳山 633m △ 大尾山 681m
△ 雲取山 911m    鞍馬山 570m ▲ 貴船山 670m    峰山 538m
△ 金比羅山 573m    竜王山 500m    高雄山 429m    鳥ケ嶽 483m
   飯森山 791m △ 鳥谷山 1077m (比良山系)
△  ?  700m △  ?   837m ?は山名なし 芦生か花背か北山か?

△は三角点あり  ▲は三角点なしで山名あり

これらの山が山城30山かどうか分からないが、どなたかご存知の方があったら教えて頂きたい。
(佐々木英夫)





山友会冊子「かんなび」の製作風景

山友会員の皆様のお手元に着くまで、会誌部はこんな作業をしています。
また、印刷するまでに、原稿、版下作成など時間のかかる仕事があり、毎月編集に追われています。

  
市の印刷室で計114部印刷する                  帳合い、綴じなどをチェックしている


各グループ毎に部数をチェックしている

 


会誌部では、毎月会員の皆様にお届けする「かんなび」や各資料を
作成、印刷、製本、配布をしています。