2105m 1870m |
大朝日岳/
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山行報告 | 金本好彰 | |
昨年より2年越しの計画であり、6月17日事前打ち合わせを行い、7月1日迷岳・7月8日比叡山の夏トレに参加して、準備をしていたが、例年にない梅雨前線が停滞し、九州では水害による大き
な被害が出ている。東北の天候は大丈夫か、早い目に中止の決定をくだすべく北川さんに相談した。
天候は西の方から回復に向かっている、計画どうり決定すべきである。参加者に集合場所等再連絡す
る。松井山手27日7時にマイクロバスで出発、北陸道・磐越道坂下(ばんげ)を降り、一ノ木川人の民宿村杉荘へ到着、川人は小さな部落で現在は利用客が減少して廃業の家屋が何軒かあった。登山道は、本来のルートをはずして少し近道を行くことにする。
翌28日4時半出発時には小雨が降っていた。村杉荘を自家用車2台で通行止めの橋を渡り、駐車場まで送っていただく。沢を何回か渡り、本道まで2時間の急登で分岐に出る。少し登った水場で朝食をとる。雨が多くなってきた。少し登るといよいよ剣が峰の岩稜である。油断すると雨水で滑る、 慎重に歩く、鎖場を2回通り過ぎる。雨がきつくなってきた。やっとのことで三国小屋に到着し少し 休憩する。小屋の管理人によれば、トイレを借りるときは水を用意すること。 風雨がきつくなる中、今日の宿泊所の切合小屋を目指して登坂する。 切合小屋についた時は靴の中までびしょびしょになり、この大雨の中で飯豊山の頂上まで登る意欲が無くなって、断念していたが、佐々木さんが予定どうり空身で往復4時間の頂上を目指す、危険な場合は引き返すこととして出 発した。森本さん秋月さんも同行すべき準備中であったが間に合わなかった。 佐々木さんか3時間で往復した。われわれはまだ風雨が強くて登ることを断念した。翌朝、天気が回復すれば登りたいと言う意見があったが、翌日の剣が峰の岩稜の下り、バスで古寺鉱泉までは相当な距離があること、朝日岳の登坂が長時間になることを考えると、一人でも故障者が出れば予定通り 行動が出来ないので、飯豊山の登坂は断念せざるを得ない状態になった。 夜寝ていても風雨が強く、 明日の下りを考えると頭がさえて何回か目覚める 翌朝5時小雨のなか出発、三国岳・剣が峰を目指してゆっくりと慎重に下った。全員無事に剣が峰 を出た時は、言いようの無い安堵感を味わった。登りと同じエスケープ道をとったが、雨で沢が増水 している、登山道もぬかるんで歩きぬくい、駐車場まで民宿の車のお迎えをお願いした。 川入民宿を10時50分マイクロバスで出発し、狭い道路・工事中の道路を避けて、左沢・寒河江ダム・月山分岐を経由して古寺鉱泉へ向かう、その間喜多方では、ラーメンを賞味し、せわしなく風呂 も入った。古寺鉱泉では駐車場で下車し、荷物を持って山道を5分あるいて宿泊地(朝陽館)に到着し た。ここの風呂・茶褐色の鉱泉に浸かった。宿は本日満杯である。 朝4時半より出発すべく準備し、4時40分に出発。今日は長距離になるので出来るだけゆっくり歩く。非常に整備された歩きやすい道で、ブナの古木が多い、天気が良い・気温も暑くなく快適なり。小朝日岳は登らずにまき道をとる。 ガスが一面にかかってきたため、雄大な山全体が見えない、大朝日の雪渓が見えてきた。苦労なく朝日の非難小屋に到着し、荷物を置いて大朝日の頂上を目指す。頂上でオコジョに出くわす。巣があるのかチョロチョロしている。頂上より中ツル尾根のルートが確認できた。 非難小屋の前で昼食、銀玉水で入れた極上の水を沸かしてコーヒーを飲む。今夜の宿泊地朝日鉱泉ヘ 電話を入れる。これより無難な鳥原山より朝日鉱泉のコースをとる。時間が相当かかると思われるので少しピッチを早めて小朝日岳をめざす。 鳥原山は、山の崩落があり、ルートが途切れて歩きにくい。鳥原小屋の近くでは、池塘が多くあり木道が設置されている、高山植物が豊富である。ここから朝日鉱泉までは下りであるが、距離が長い、い くら歩いても着かない、足の先が痛くなってきた、いよいよ限界であると思っていたら、朝日川の水の音が聞こえてきた。がんばって、つり橋を渡って朝日鉱泉ナチョラリストの家に着いた。 今日の行程は11時間である。小屋の主は、「早く着いたね、もっと遅いと思っていた」らしい。こ こは、西沢さんが出している本(朝日連峰だより)に書いている山小屋と思っていたが、本人に聞いてみると、以前の小屋は朝日川沿いのもっと山奥にあったが、古くなり傾いてきたので20年前に現在地に立て替えたとのこと、現在は風呂・食堂あり立派な小屋である。 今晩は、大きな山を征服した気持ちになり、岩魚料理で乾杯した。飯豊・朝日とも花の宝庫でヨツバ シオガマ・ヒナウスユキソウ・ヒメサユリ・シナノキンバイ・ミヤマキンポウゲ・ニッコウキスゲ等々 が咲き乱れている。朝ロ鉱泉より大井沢の本道へ出るのに、細い地道でマイクロバスの通行がぎりぎ り、運転手が難儀して通過した。 |
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困難だから追い求める価値ある山塊だと思い立ち、飯豊山と朝日岳山行を思い立ったのは一昨年の夏だった。東北の豪雪山地の場でもあり、夏山山行の一事業として提案した。幸い金本さん
も大いに賛同して下さった。能力のない小生がリーダーを務めるおいそれた事は当然できるわけがないが、言い出しっぺが後へ引けなかった。
行程の長い現地へはマイクロバスと決定したが、参加者はやっと5〜6人だったので、やむな く中止とした。今回は結果的に18人もの参加者にふくれ上がり、佐々木さんも担当に加わって下 さった。あとは天気の良好を祈った。長期予報も梅雨は長引く気配で、10日後に出発というのに 九州、四国もまだ明けない。梅雨は10日以上も遅れている。中止してキャンセル料を発生させる 事も出来ない。母の逝去や計らずも転がってきた商工会の役職や、諸般の事情は少々犠牲にはな るが、体力と自信をつける為、ここ一年間まじめにトレーニングをこなしてきたつもりだ。そういう意味で底抜けの天気は期待しないが、山行中4日間だけの好天を祈った。登行前日は飯豊鉱泉村杉荘で鋭気を養う為、大白布沢の一般登山路を散策する。すがすがしい緑の中では、大した 雨にもならないと思われた。明るい夕暮れだった。明日は好天の奇跡でも起こってくれないか。 一般道でない小白布沢沿いの林道を桑ノ沢駐車広場まで、宿のおかみさんが車で送ってくれた。 お陰様で2時間も登高を助けていただいた。帰りも迎えに来て下さる幸運。桑ノ沢沿いコースは、 雨の中を急登にあえいだ。眺望の効かない樹林でも空気はすがすがしい。急登の中でもブナの大木やダケカンバのオブジエが、先頭を引き受けたお陰で少し楽しい。 横峰分岐から目指す地蔵山や三国岳が見えるはずだが、視界はなく方角さえも分からなかった。 地蔵山分岐で良い水場も現れたが、水は充分持参していたので遠慮した。岩稜地帯に入る。知ら ぬ間に高木は減り岩場登りとなった。眺望がないので岩登りに集中出来る。鎖場を攀じって雨の 中に三国小屋が現れた。晴れていれば飯豊本山から西方向の大日岳が聳える山並みが素晴らしい事だろう。下山の明日こそ晴れるかもしれない。目指す切合小屋へは、まだ2時間以上もある。 岩稜が続き小さなピークを幾つも辿って高度を上げる。残雪の雪渓とお花畑があちこちに広がる。 雨音が大きいが花の飯豊へ来たのだ。切合小屋が現れると気が減入ってしまった。風も強かった ので、ここから往復4時間余の本山登頂は諦めた。ところが佐々木さんは単独で登頂をやってし まった。快挙がすごいと言うより畏敬と崇拝の念を禁じられなかった。 米3合持参のカレーライスは美味かった。登頂を諦めた為に体がゆったりとし、余計にスパイ スの効いたカレーが美味しかった。風雨は一晩中荒れていた。下山してここ喜多方市ではラーメ ンを食べよう。マスコミが酒造や蔵を宣伝し、旅の雑誌がラーメンを紹介した為一躍有名になっ てしまった。昨夜の風雨は忘れられたように回復した。ラーメンの道の駅で皆さんは、濡れた雨具を干して風呂で汗を流した。明日の朝日岳の好天に希望が持てそうに思った。 深い山懐を奥へ分け入ったところが古き佇まいの古寺鉱泉だった。朝湯館も縁いっぱいに包まれ、川の瀬音が心地よい。湯もいかにも疲労回復にうってつけだ。今日の行程も長丁場だ。しか し有名なブナの原生樹林の生気を一杯受けられるだろう。飯豊山の風雨なんかもうごめんだ。その分今日はお花畑と展望を堪能しよう。夏の思い出に残るドラマを期待しよう。 宿を後にして明るい照葉樹林の中を坦々と径を辿る。充分眠れたお陰で最初のジグザグ道を難 なくこなせた。一服清水や三沢清水が適度な時と場に現れる。2時間位で稜線尾根にとりついて 古寺山に達した。登高が楽だと時間も忘れる。多少曇っていたが空気の匂いとヒメサユリの咲き方で展望が分かる気がした。天気が好いと鳥の鳴き声も賑やかだし、お花畑の咲き方も華やかだ。 ヒナウスユキソウの群落があちこちにあり印象的だ。岩から岩穴ヘオコジョが駆け回る。カメラ を構えても忙しい動きを撮るのは至難だ。今日の山旅のハイライトは大朝日岳。遅い梅雨明け前の登高だったが達成感に包まれる。大朝日岳小屋前でにぎやかな午餐会をもつ。荷は多少軽くな るだろうと期待したのに、恵まれる沢山の食物で腹か重くなった。 小朝日岳から雲間に映える大朝日を振り返った。裾にY字雪渓を従えてエールを送ってくれているようだ樹林帯に入ると垣間に池塘が適度に現れる。描く良きフレーミングを模索する。再び樹林をくぐる。下る木道の足ごたえが心地よい。景色がよいだけに最終のリーダーはかなり遅れる。一本道だから安心だ。4 時間もの下山は飽きない風景が連続する。樹々のオブジエを身体に焼付ける。何枚も何枚も森の匂いと感動を画こう。 朝日川の瀬音が近づき、長い吊橋が待っていた。ナチュラリストの宿に落ち着いた。鉱泉で身をほぐし、主人著の書物を読む。次々と引き込まれる文体か楽しく、買った数冊の本に主人が日付とサインを印してくれた。風雨の飯豊では自分の成績は50点にも及ばなかった。晴れ渡った東北の大山塊を長期で再度挑戦してみたいと思いを巡らす。朝日鉱泉の家から大朝日の頂が、ぽっ かりと浮かびそのように促しているようだし……。 |