――労山部登山祭典――
鷲峰山 682m

日 時 2005年10月30日(日)
天 候 晴 れ
コース 新田辺バス停8:10発→湯屋谷8:45→
奥山田への分岐9:10→登山口9:15→
P55410:00→多宝塔12:00→金胎寺13:00→
行場めぐり14:50→茶宗明神社15:50→
新田辺16:30着
参加者 リーダー:橋本(香)  サブリーダー:橋本(寿)
男性:徳田(康) 中島 丸谷 鈴木
女性:市橋 藤富
合計:8名

<山行報告>

 湯屋谷の村へ入り、神社への道標を横目に通り過ぎ、東へ進むと、今日の大福谷コースの登山口と以前間違えた奥山田方面への分岐点に来る。 ここで読図の勉強、コンパスの使い方など再確認する。登山口にはこの辺りの歴史を書いた看板がある。 真っ暗な杉木立で、ここから登るのかと思われない位わかりにくいところだ。

 すぐ石垣があり、屋敷跡の様子が伺える。ここを過ぎると山道になり、P554を経て電波塔の横を通り林道に出る。西へ進むと鷲峰山への道標がある。鷲峰山の多宝塔前広場で、約一時間強の「山中での非常時対応」訓練をした。
●ピンチバッグのこと
●安全な場所への搬送方法
●レジャーシートや雨具を利用しての担架を作っての移送
●ザックを使って背負い移動 
●ストックで松葉杖を作ること、その他の注意事項などを行なった。

 忘れている事もあり、再確認しつつ、継続して練習していかねばと感じた。
昼食後、行場めぐりをしたが、一番困難な大岩の鎖場のそばに大きな「ハチの巣」があり、静かに通過した。
下りはいつもの永谷園旧家のある、茶宗明神社へ降り、山歩きプラス訓練と行場めぐりもし、登山祭典らしい山行になった。

……おまけ話……
 神社をすぎて、にぎやかに歩いていると、民家の人が「柿いりませんかー」と声がかかった。
「ほしいでーす」と答えると、大きな柿の木から柿をもいでられる最中で「ダンボールの中の柿みんなもっていっていいよ」と言って下さった。歓声をあげて、あつかましくも皆でいただいて帰った
(報告者:橋本香代子)








   
山中での非常時対応の訓練
(写真提供=橋本さん)



 

――搬出訓練に参加して――

 私は登山経験の少ないまま入会しましたので、山行に参加しても怪我をしないように、パーティーに遅れないように付いていくことばかり考えていました。春の市民ハイキングで高取城跡に行った時、私達の班の人が脚を痛めて遅れ気味に歩いているのを会員の人がテーピングを施して、ストックをもたせてあげたらとても痛みが楽になった様子で大事に至らず自力で下山されました。

 その頃から私は安全に対する知識が不足している事を感じ始めたした。これからも安全な登山を楽しむため少し勉強しようと思っているときでした。講座では、パーティー論を始め安全の為の心掛け、山歩きのマナー、歩き方や読図等多くの事を習いましたが(今は忘れている方が多いですね)今後も機会があれば参加したいと思っていました。

 今回は訓練参加のため、山行案内を見ながら日帰り一般装備とストック、三角巾、テーピングテープ、敷物をザックに入れて集合場所に行きました。そこから車2台に分乗して登山口まで行き、装備の点検と準備運動をしてりーダーからコースの説明を受けて出発しました。途中地図で現在地を確認しながら頂上まで行き、少し戻った金胎寺境内で訓練が始まりました。最初にピンチバックのことを説明して頂きました。

 常備されているピンチバックの中には、ハサミ、ナイフ、カラビナ、シュリンゲ、テープ、三角巾、パンスト、ビニール袋や医薬品、他にも色々なものが入っていて、私は初めて見る物もありましたが殆ど見慣れた物でした。用途の説明を聞いてみるとなるほどと思う物ばかりで大変参考になりました。

 負傷者を搬出する方法では、用具を使わず背負う、肩を貸すなど。そしてザックや雨具を使って背負う方法、ストック、シート、衣類、敷物や現場にある間伐材を使って担架や松葉杖を作り、会長の指導のもと全員で実践してみたことでよく理解できました。
訓練が終り昼食を済ませた後、私が鷲峰山が初めてなので予定になかった行者コースを案内していただきました。静かな山道に険しい岩場の上り下りがあり、会長からのアドバイスも受けながら約2時間スリルもある楽しいコースでした。
(丸谷満雄)